アニメやゲーム好きを自称しているものの「鬼滅の刃」や「あつまれどうぶつの森」などの新しい流行に完全に取り残されているのが自分である。いつかは見たりするのがいいのかな…とか思いながらも、ブログは更新である。

 

インターネットで政治について調べてみると「冷笑系」という言葉を見かけるかもしれない。熱く詳しく語ったり学ぶことをばからしいと軽視し、達観したような感じで見下す人をそのように言うことがある。

「冷笑家」という言葉は辞書にもあるようだが「冷笑系」の言葉はそれに比べると歴史は浅いようである、いったい誰が使い始めたのか? をさがしてみたのが今回のテーマである。

 

「冷笑系」という言葉は、2006年に亀井淳というジャーナリストが、週刊新潮などの週刊誌を揶揄するために生み出した

 

亀井 淳(かめい じゅん)(19352009)という人は、週刊新潮の編集部次長を務めたのちフリージャーナリストとなった経歴を持っていた人らしい。「冷笑系」で調べてみると、この人の発言がさかのぼれる中では最も古かった。

掲載されていたのは、以下のサイトのリンクをたどった先である。

マスコミ九条の会

http://www.masrescue9.jp/

複数のジャーナリストなどが政治に関する寄稿やイベントについて連絡するサイトであり、この中に、亀井氏のコラムへのリンクがある。

マガジンウォッチドッグス

http://www.masrescue9.jp/magazine/magazine.html

この記事から探していくことで、今回の話題となるコラムを見つけたのである。

 

憲法問題なんてない-「冷笑系」週刊誌の誕生

http://www.masrescue9.jp/magazine/kamei/back_no/kamei4.html

2006515日に書かれたものである。様々な週刊誌が憲法をどう扱ってきたか、についての報告を頼まれ、分析した結果を述べているというものだ。

亀井氏は、週刊新潮の創刊号の記事から2つを抜き出して振り返り、このような感じで語っているのであった。


・「不思議な憲法改正反対論」

195511月に保守合同が成立して「自由民主党」が生まれ(いわゆる55年体制)、改憲を標榜する第3次鳩山一郎内閣が発足している。その前には立川の米軍基地拡張をめぐって反対の学生らと警官隊が激突し、原水爆禁止を求める第1回の世界大会が開かれている。二つの大きな流れが鋭く対立する中で、学者らの護憲の動きを「不思議」と見くだし、「だけのこと」と多寡をくくっている。


・「いじらしい紀元節」

創刊号の発売日は211日に近く、「紀元節」復活の賛否が論議されていた(211日が「建国記念日」になるのはそれから11年後の1967年である)。杉並区は区教委の主催で「紀元節をしのぶ講演と映画の会」を予定し、神話映画『天の岩戸開き』などを上映する。中央では神社本庁、生長の家などが中心で日比谷公会堂に集まった後、警視庁、自衛隊の音楽隊を先頭にパレードをする。これには「週刊新潮」もいささかうんざりという気分をほのめかし、結びの部分は、「ことしの二月十一日は皮肉なことに土曜日、『紀元節』が復活していると、二日続きの休みになるところだった」と、サラリーマンの休日願望を紹介して「いじらしい」というタイトルに結びつけているのだ。


そして、これらから導き出した結論が以下である。


これが「冷笑系」週刊誌の原点だ。対立する論議にはけっして深く立ち入らず、高みの見物をしながらやりすごす、あるいは真剣な論調に水をかけるという編集態度をとり、それがやがて「無視」になったり、時に右スタンスからの無遠慮な罵声になったりする。するとそれが何となくカッコウがいいとか、垢抜けているなどと受け入れられて今日に至っている。


これが、自分が調べた中でも「冷笑系」という言葉が最初に使われたところである。

当時はまだTwitterなどのサービスも出来上がってない時期であったからか、この言葉も主に週刊誌の編集を指して言われていたものであったが、SNSの普及に伴い多くの人が政治に口を出すようになったことからか、一般の人々に対してもいつしか使われるようになっていったようである。

 

ところで冒頭で言った2つの作品は面白いんかな。自分は「おいでよどうぶつの森」はけっこう楽しんでプレイした記憶がある。漫画本は最近電子書籍すら買ってないな…お金などに余裕ができたら検討すべきか否か、悩んでます。