今回もリクエスト案件。頂いたのはこのコメントである。

「ところで、リクエストとして最近(?)よく見かけるDD論の起源について調べてもらうことは出来ますでしょうか」

DD論とは「どっちもどっち論」の略である。自分が批判された際、相手や他人の行動をあげつらって自身を正当化しようとする論という意味で使われているみたいだ。

かなりありふれた言葉である故、起源を探すのはとても難しいと思われるが、リクエストを貰ったからには可能な限り調べてみたかった。

 

「どっちもどっち論」という言葉を政治的な言論で初めて使用したのは、日本共産党である。

 

最初に言っておくと最初に「DD論」と略して使用しだしたのはどこなのかを調べることはできなかった。申し訳ない。

その代わり、「どっちもどっち論」という言葉を調べると、この言葉が出てくる最も古いサイトを見つけることができた。

 

しんぶん赤旗 日本共産党       

http://www.jcp.or.jp/akahata/

戦後50年国会決議とは どっちもどっち論で侵略免罪

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-08-04/2005080402_05_1.html

日本共産党の発行する機関誌「しんぶん赤旗」にその記述はあった。記事の投稿日は200584日とある。紙面の内容をwebに書きおこした物らしい。

記事内容は「戦後六十年決議」に関する物であった。

これは、19956月に国会で決議された「戦後五十年決議」(Wikipediaにおいては「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」という名前でページがある)という、日本の過去の戦争に対してどのように向き合うかの方針の決議について戦後50年を期に国会決議した物を、10年後の戦後60年に更新したものであるらしい。


日本共産党はこれらの決議内容について、過去の日本の侵略戦争に対して、当時の諸外国においても侵略戦争や植民地支配が多々あったことを引き合いに出し、日本はその中でやむにやまれず戦争へと向かったという構図であることを以下のように批判しているのだ。


こうした議論が、日本の侵略戦争と植民地支配を世界の「一般的風潮」にしたうえで、先の大戦で侵略戦争を起こしたファシズム陣営と反ファシズム陣営を同列におく「どっちもどっち」論にたっていることは明白です。五十年決議はこの土台のうえにつくられた、日本免罪論にほかなりません。


「どっちもどっち論」という言葉が、現在とほぼ同じ意味で使われているのである。DD論と略したのが誰か分からなかったのは残念だが、略す前の言葉がネットで初登場したのはここではないかと思われる。

初めて使用された時は、日本が過去の侵略戦争に関して「他の国でも侵略戦争をやってたからどっちもどっち」と責任を矮小化していることを批判する目的で使われたのだ。

最も、この時点ではまだマイナーだった言葉がいかにして拡散していったかを調べるには至らなかった。

自分がDD論に関する起源を探せた範囲はここまでである。せっかくリクエストという形であったのに、期待外れな結果に終わらせてしまったことは申し訳ない。